邪馬台国は北九州なのか畿内なのか?

邪馬台国の女王、卑弥呼といえば、日本で一番有名な女性リーダーの一人ですが、邪馬台国の場所は、北九州だったのか、奈良だったのかどちらだと思われますか?

私は断然、北九州なんですよ。大阪府出身なので、畿内だと思いたいのはやまやまですが、邪馬台国のことが少し詳しく書いてある魏志倭人伝によると、邪馬台国以外に登場するいくつかの国名は、ことごとく九州に存在するんですよね。

一支國(いきこく)が、現在の壱岐(いき)だったり、末廬国(まつらこく)が長崎県の松浦郡だったりするわけなんですよね。それがことごとく九州。そのなかの首都的な存在である邪馬台国だけが近畿地方にあるとはなかなか考えられないんですよ。

今でこそ、九州と近畿は半日もあれば移動が可能ですが、卑弥呼が活躍した西暦2世紀頃は、現在の日本人の感覚では、中南米よりも遠いイメージだったではないでしょうか。

でも、先日、卑弥呼ではないかといわれている倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)のお墓、箸墓古墳に行ってきました。

とにかく巨大な古墳です。卑弥呼と同時代の女性のお墓です。

卑弥呼でないにしても、卑弥呼と同じ程度にえらーい女王様のお墓なのではないでしょうか。

魏志倭人伝や金印で有名な卑弥呼ですが、当時、日本中に卑弥呼と同じように権力を持っていた女性たちが散らばっていたのではないかと考えています。

だから、邪馬台国がどこにあるのかが、江戸時代からの論争の議題になっているののかもしれませんね。

箸墓古墳は、奈良県桜井市にあります。もちろん、奈良県の人は、絶対に邪馬台国は近畿地方にあると疑わない人が多いのは当然です。

でも、古代ミステリーは事実が永遠にわからないから楽しいのであって、歴史ファンたちは、自分たちの意見を闘わせるのを楽しみにしているのでしょう。

この先も、邪馬台国がどこにあったのかはわからないだろうし、わからない方がいいと思うのは私だけでしょうか?

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